大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)2747号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数のうち四〇日を右の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりで、原判決の刑の量定が軽すぎて不当だというのである。

ところで、右の控訴趣意について判断をするのに先だち職権で原裁判所の構成について調査してみると、原審の弁論が終結された昭和三九年一一月一六日の第七回公判期日の手続を記載した第七回公判調書(記録三三五丁以下)には、列席した裁判官としてXの氏名しか記載されていないので、もしこの公判調書の記載を裁判官Xだけが列席した趣旨の記載だと解するならば、刑事訴訟法第五二条によって、原審判決裁判所は一人の裁判官で構成されたものとみるほかはなく、そうであるとすれば、原裁判所は短期一年以上の懲役にあたる尊属傷害致死罪に係る本件を単独裁判官で審理したことになるから、法律に従って判決裁判所を構成しなかったものといわざるをえないことになるのである。しかしながら、この公判調書をさらによく検討してみると、その第一葉上部の欄外の裁判官の認印欄には「裁判 認印」と活字で印刷してあるが、その空白な部分には公判調書を作成した裁判所書記官が「長」という一字を記入しており、また、同じく公判調書の(供述)とある部分には被告人に対する質問者が「裁判長」と記載されていることが認められる。そして、裁判長とは法令上合議体についてのみ用いる語で、一般に公判調書の記載にあたっても合議体の裁判長を指す場合にだけこの語を使用し、単独裁判官の場合は「裁判官」と表示して区別するのが例であることを思えば(なお、当審証人稲葉操の証言参照)、この公判調書における「裁判長」の語も、合議体の裁判長を意味するものと解されるのである。このことと、この公判調書の用紙がその形式上合議制・単独制の双方に共通して使用されるものであることとをあわせて考えると、この公判調書は、裁判官Xが単独で審理したのに裁判所書記官が誤ってこれを「裁判長」と記載したとも考えられる反面、同裁判官が合議体の裁判長であったのに公判調書を作成するにあたってその氏名の上に「裁判長」のゴム印を押しかつ他の二名の陪席裁判官の氏名を記載するのを遺脱したと解する余地も十分あるのであって、要するにその記載自体からはいずれとも判定することができないとみるべきである。かように考えてくると、刑事訴訟法第五二条が反証を許さないとしているのは公判調書の解釈上当該事項が明確に記載されていると認められる場合のことをいうのであるから、前記公判調書におけるようにはたして単独裁判官が審理したのか合議体で審理したのかがその記載上明瞭でなく、いずれにも解する余地がある場合には、公判調書の証明力に関する右の規定の適用はなく、別個の方法によってその事実を証明することが許されるといわなければならない。ところで、当審で事実の取調をしたところによると、右の原審第七回公判期日には、裁判長である裁判官Xのほか陪席裁判官としてY、Zの両裁判官が列席し合議体で審理をしたことが十分認められるから、前記公判調書の記載上の欠陥はこれをもって原判決を破棄する理由とするには足りないと考える。

そこで、進んで検察官の控訴趣意について検討することとし、一件記録をよく調査して本件の情状を考えてみると、まず被告人の犯行の態様は原判決に具体的に判示されているとおりで、当時八四歳の高齢で老衰のため寝て暮らす状態にあった実母ハツに対し被告人が加えた原判示暴行は、いかにも残虐だというほかはない。その暴行の動機にしたところで、ハツの言動に気に入らぬところがあったにせよ、それはとるに足らぬことで、しかも相手は前記のように老衰した老人のことなのであるからこれに立腹して右のような手ひどいしうちに及んだ被告人の動機にも、なんら同情すべきものがあるとは考えられない。被告人は平素はおとなしい性格の持ち主であるが、酒癖がきわめて悪く、酒に酔うと人が変ったようになって乱暴をする性癖があり、右の暴行もまた外で酒を飲んで酔って帰宅したうえでの行為ではあるが、その酒癖は被告人自身日ごろからよく承知していることで、また当日の酔の程度が前後をわきまえないほどのものでなかったことからみても、酒気にかられての犯行であったことがはなはだしく被告人の責任を軽からしめるものともいえないのである。なお、原判決は、被告人に有利な事情として、ハツの高齢に伴う老衰がその死の結果にかなりの影響を及ぼしたことを挙げているが、ハツの体力が衰えていたことは当時被告人にもよくわかっていたことで、それにもかかわらず原判示のような暴力を加えたのであるから、そのことが本件において有利な情状になるとは到底考えられないし、また原判示のような狭い家屋の一室に老衰のはなはだしいハツと被告人およびその他の家族が起居をともにせざるをえなかったことが本件犯行の一因となっているということも、分別盛りの被告人にとってその責任を軽減する理由になるとは思われない。もちろん、被告人が以前からハツを虐待していたわけではなく、原判示のようにむしろ進んでこれを自分のもとに引き取り扶養してきたこと、被告人には前科はもちろん別段の非行歴もないこと、ことに本件犯行後悔悟の念にかられていると認められる事実は量刑上被告人に有利に考慮すべき事情であり、現在被告人は心因反応の病名で入院中で、被告人の妻もまた病気入院中である事情はたしかに同情すべきであるけれども、本件犯行は前記のように老衰していて特にこれを養護する必要のあるハツに対しこれを養護しなければならない立場にある被告人がさしたる理由もなく犯したものであり、しかもその態様がまことに残虐なものであることを思えば、被告人としてはその行為に対しては相当の責任を負うべきで、原判決がこれに対し刑の執行を猶予したのはいかにも刑の量定が軽すぎるといわざるをえず、論旨は理由があるとしなければならない。

それゆえ、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条によって原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決をすることとし、原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は刑法第二〇五条第二項に該当するので、所定刑のうち有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、未決勾留日数の算入につき同法第二一条を適用して、主文のとおり判決する。

公判期日に出席した検察官

検事 金沢清

(裁判長判事 新関勝芳 判事 中野次雄 伊藤正七郎)

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